余命わずかと告げられた肝ガンを克服

横浜市 Y・Yさん(仮名・53歳)

風邪だと思ったらC型肝炎と診断。30年前の輸血が原因

18年間フィリピンで漁業の仕事をしていた関係から、ある人からフィリピンでの漁業調査を頼まれました。 その仕事が無事終わったので、横浜でも1,2といわれる有名な寿司屋で慰労会が開かれました。 寿司は私の大好物です。しかし全く食欲がなく、食べられないのです。その後にも、食欲は一向にわかず、 口に入れられるのはうどんやそばぐらい。そんな状態がずっと続きました。

その年(平成8年)の暮れ、40度近い熱が出たので病院に行ったところ、ちょうどその冬、風邪が大流行していたため 病院は患者でいっぱい。何時間も待たなければならなかったので、受診を諦め、とりあえず友人たちから 風邪薬をもらって正月を過ごしました。しかし熱がちっとも下がらないので、正月明けに近くの医院で 診てもらったところ、風邪という診断でした。でも体はだるいし、熱もほとんど下がらないし、風邪にしては どうも変なのです。それでY大学病院で診てもらうことにしました。そこでの診断結果はC型肝炎でした。 言われれば思い当たることがあります。30代のときに扁桃腺の手術をしたのですが、その時に輸血を受けたのです。 恐らくそれが原因で感染したのだろうと思います。


肝硬変と肝ガンを併発。あと半年、長くて1年の命と宣告

Y大学病院でC型肝炎の治療を半年間受けました。1日おきに強力カミノファーゲンという薬を静脈へ注射するのです。 しかし肝機能の指標となるGPT値は180~190から少しも下がりません(正常値は40以下)。検査をする看護婦たちの 態度に納得いかなかったこともあり、S大学病院へ移りました。

S大学病院での受診初日、医師から「肝硬変が進んでいるので緊急入院が必要です」と言われました。もちろん、 びっくりしましたよ。まさか肝硬変へ進んでいるとは思いもしませんでしたから。私は医師に「もし命があと 1週間しかもたないとしても、それは運命として受け入れる覚悟はできているつもりだ。だから隠すことだけは やめてくれ」と頼みました。すると「わかりました」と答えた後、「肝硬変だけでなく、4cmと2cmのガン細胞が できていて、もはや手術は不可能です。命はあと半年、もってもせいぜい1年と思われます」と告げられました。

正直なところ、そのとき一瞬頭の中が空っぽになりました。でもすぐに思い直したのです。ガンにかかっても10年、 20年生き続ける人はいる。妻や子供たちのためにも、自分は病気に負けるわけにはいかない、と。


ガン細胞の大きさが半分に縮小され、手術が可能になった!

私はすぐに病院の売店で、ガンに関する本を探しました。そこで偶然、目にしたのが『姫マツタケの超免疫力』という 本です。

『姫マツタケの超免疫力』には姫マツタケのデータがきちんと載っているし、とても興味を覚えました。 それで直接、日本食菌工業を訪ね、乾燥した姫マツタケを見せてもらうことにしました。というのは、健康食品の中には、 まがいものが少なくないと聞いていたからです。

日本食菌工業の姫マツタケはどれも形がそろい、乾燥も十分なされ、これは本物だと確信しました。それで50gと20gを それぞれ10日間飲み5日間休むというパターンで試みることにしました。

姫マツタケを飲み始めたのが平成9年9月。1ヶ月後には驚くべき効果が出ました。あれほど下がらなかったGPT値が ぐっと減少したのです。

その年の12月、医者から余命わずかだから好きなことをしなさいと言われたいたこともあり、1ヶ月間フィリピンへ 釣りに行くことにしました。フィリピンは日本のように水がよくありません。また、煎じたものを持ち歩くのも 大変なので、フィリピンにいる間は乾燥姫マツタケをそのままかじることにしました。

フィリピンから帰国して定期検査を受けたところ、再びびっくりする結果が出ました。4cmのガン細胞が2cmに、 2cmのものが1cmにとそれぞれ半分の大きさになっていたのです。フィリピンに滞在した1ヶ月間、病院で処方された 薬は全く飲まず、姫マツタケだけを利用していましたからガン細胞の縮小は姫マツタケによるものとしか考えられません。

その大きさならば手術が可能ということで、2月にマイクロ波照射による治療を受けました。このときも驚くべき 出来事がありました。照射しようと開腹したところ、小さい方のガン細胞が何と消失していたというのです。

術後の経過は順調で、その年も、また昨年も2,3回フィリピンへ遊びに行けるほど健康状態はよくなっています。

肝ガンは再発しやすいといわれています。また、肝硬変は静脈癌などの合併症が出やすいとも聞きます。でも 姫マツタケを飲み続けながら定期検査をきちんと受けていれば、万一ガンが再発したり合併症が出ても手遅れになる ことはないと思っています。

姫マツタケとの出会いがなければ、今ごろ命がなくなっていたかもしれません。『姫マツタケの超免疫力』の本を 手にしたときが、運命の大きな分かれ目だったとつくづく思いますね。


私はアレルギーと喘息、家内は自動車酔いと高血圧が改善

鹿児島市 H・Mさん(80歳)


私も家内も80歳を迎えましたが、家業の薬局を毎日営むことができ、何よりと思っています。 とはいうものの、やはり年が年だけに、まったくいうところがないわけではありません。 私は長年アレルギーと喘息、家内は自動車酔いと高血圧に悩まされています。 商売柄、いろいろな薬を飲んだり、また、病院にもかかっていますが、一向に改善の兆しは見えません。

あるとき、「姫マツタケ」の代理店の方がみえ、熱心に説明をされてお帰りになりました。 その熱心さにも動かされ、手始めに5gずつ飲み始めました。 すると1週間ほど経ったころ、体に変化がありました。 私はそれまでアレルギーのため、身体中がかゆくなって眠れない夜がしょっちゅうでした。 それが姫マツタケを飲み始めてから かゆみ知らずで、ぐっすり眠れるようになりました。

喘息も、以前は夜、医者を呼んだり、救急で病院に駆け込んだりで、 いいようのない苦しい思いを経験していましたが、おかげさまでそれも解消しました。

そんなふうですから、診察してもらったところ、状態は非常によい、と担当医師からいわれ、楽しく毎日を 送っている次第です。

一方、10分間も自動車に乗っていることができなかった家内のほうも、姫マツタケの服用を始めたおかげか、 何時間でも平気で乗っていることができるようになりましたし、 血圧も一時上が220~2000もあり、予断を許さないときもありましたが、130~75くらいに下がり、 安定してまいりました。

正直いって、姫マツタケの説明を受けたときは、気がすすみませんでした。 当初は、だまされたつもりでちょっと飲んでみようか、そんな程度の気持ちで始めたものでした。 それが、現在まで、毎日5gずつ欠かさず服用しています。 たとえそれほど著しい効果が期待できなくても、身体に害がないのなら飲んでみる-、 そんな気持ちも大切なように思えます。


全治はむずかしいといわれたB型ウィルス肝炎が解消。
医師も驚きを隠しませんでした。

鹿児島県 T・Kさん(37歳)


私は1988年4月、身体がだるくてどうしょうもない状態になって、病院で診察を受けました。 その結果、B型ウィルス肝炎だと診断されて入院しました。 その後、入、退院を繰り返し、1991年9月には、100%望みがなくなり、あきらめたというより、 すてばちな状態でした。

そんな私を見かねた主人が、誰からか姫マツタケの話を聞いてきました。 どうせダメなら最後の望みをかけて、ダメでもともとと思って飲んでみようよ、というのです。 そのとき私は、どうせダメなら、もうあれこれ試すのはイヤ!と思いましたが、 主人の気持ちが嬉しく、服用を始めました。

B型ウィルス肝炎はそう簡単に消えることはないそうで、医師の話によると完治はむずかしいとのことでした。 ところが、服用を続けているうちに血圧が安定してきたのです。 さらに食欲も出てきて、自分ではかなり状態がよくなったことを確信できるまでになりました。 服用を続けて2ヶ月後、検査結果を見て医師は驚きました。 どうしてこんなによくなったのだろう、と。そして、今度は私が驚きました。 医師がいつ退院してもいいよ、といったのです。 いま、適当な時期を選んで退院する予定にしています。

私の体験上、確かに個人差はあると思います。 体質によっては効き目がすぐ現れる人とそうでない人、時間のかかる場合もあるでしょう。 私も途中でやめようと思ったことは何度もありました。 病院から出される薬を朝・昼・晩、ときには就寝前にも飲まされ、それだけでも苦痛なのに、 それに加えて姫マツタケまで・・・。 しかも効果が本当にあるかどうかもしれないものを飲むのですから、それは大変なことでした。

でも、いまは飲み続けて本当によかったと思っています。 最近は、体調もすこぶるよく、むしろ以前より元気になったように思えます。