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風邪だと思ったらC型肝炎と診断。30年前の輸血が原因
18年間フィリピンで漁業の仕事をしていた関係から、ある人からフィリピンでの漁業調査を頼まれました。
その仕事が無事終わったので、横浜でも1,2といわれる有名な寿司屋で慰労会が開かれました。
寿司は私の大好物です。しかし全く食欲がなく、食べられないのです。その後にも、食欲は一向にわかず、
口に入れられるのはうどんやそばぐらい。そんな状態がずっと続きました。
その年(平成8年)の暮れ、40度近い熱が出たので病院に行ったところ、ちょうどその冬、風邪が大流行していたため
病院は患者でいっぱい。何時間も待たなければならなかったので、受診を諦め、とりあえず友人たちから
風邪薬をもらって正月を過ごしました。しかし熱がちっとも下がらないので、正月明けに近くの医院で
診てもらったところ、風邪という診断でした。でも体はだるいし、熱もほとんど下がらないし、風邪にしては
どうも変なのです。それでY大学病院で診てもらうことにしました。そこでの診断結果はC型肝炎でした。
言われれば思い当たることがあります。30代のときに扁桃腺の手術をしたのですが、その時に輸血を受けたのです。
恐らくそれが原因で感染したのだろうと思います。
肝硬変と肝ガンを併発。あと半年、長くて1年の命と宣告
Y大学病院でC型肝炎の治療を半年間受けました。1日おきに強力カミノファーゲンという薬を静脈へ注射するのです。
しかし肝機能の指標となるGPT値は180~190から少しも下がりません(正常値は40以下)。検査をする看護婦たちの
態度に納得いかなかったこともあり、S大学病院へ移りました。
S大学病院での受診初日、医師から「肝硬変が進んでいるので緊急入院が必要です」と言われました。もちろん、
びっくりしましたよ。まさか肝硬変へ進んでいるとは思いもしませんでしたから。私は医師に「もし命があと
1週間しかもたないとしても、それは運命として受け入れる覚悟はできているつもりだ。だから隠すことだけは
やめてくれ」と頼みました。すると「わかりました」と答えた後、「肝硬変だけでなく、4cmと2cmのガン細胞が
できていて、もはや手術は不可能です。命はあと半年、もってもせいぜい1年と思われます」と告げられました。
正直なところ、そのとき一瞬頭の中が空っぽになりました。でもすぐに思い直したのです。ガンにかかっても10年、
20年生き続ける人はいる。妻や子供たちのためにも、自分は病気に負けるわけにはいかない、と。
ガン細胞の大きさが半分に縮小され、手術が可能になった!
私はすぐに病院の売店で、ガンに関する本を探しました。そこで偶然、目にしたのが『姫マツタケの超免疫力』という
本です。
『姫マツタケの超免疫力』には姫マツタケのデータがきちんと載っているし、とても興味を覚えました。
それで直接、日本食菌工業を訪ね、乾燥した姫マツタケを見せてもらうことにしました。というのは、健康食品の中には、
まがいものが少なくないと聞いていたからです。
日本食菌工業の姫マツタケはどれも形がそろい、乾燥も十分なされ、これは本物だと確信しました。それで50gと20gを
それぞれ10日間飲み5日間休むというパターンで試みることにしました。
姫マツタケを飲み始めたのが平成9年9月。1ヶ月後には驚くべき効果が出ました。あれほど下がらなかったGPT値が
ぐっと減少したのです。
その年の12月、医者から余命わずかだから好きなことをしなさいと言われたいたこともあり、1ヶ月間フィリピンへ
釣りに行くことにしました。フィリピンは日本のように水がよくありません。また、煎じたものを持ち歩くのも
大変なので、フィリピンにいる間は乾燥姫マツタケをそのままかじることにしました。
フィリピンから帰国して定期検査を受けたところ、再びびっくりする結果が出ました。4cmのガン細胞が2cmに、
2cmのものが1cmにとそれぞれ半分の大きさになっていたのです。フィリピンに滞在した1ヶ月間、病院で処方された
薬は全く飲まず、姫マツタケだけを利用していましたからガン細胞の縮小は姫マツタケによるものとしか考えられません。
その大きさならば手術が可能ということで、2月にマイクロ波照射による治療を受けました。このときも驚くべき
出来事がありました。照射しようと開腹したところ、小さい方のガン細胞が何と消失していたというのです。
術後の経過は順調で、その年も、また昨年も2,3回フィリピンへ遊びに行けるほど健康状態はよくなっています。
肝ガンは再発しやすいといわれています。また、肝硬変は静脈癌などの合併症が出やすいとも聞きます。でも
姫マツタケを飲み続けながら定期検査をきちんと受けていれば、万一ガンが再発したり合併症が出ても手遅れになる
ことはないと思っています。
姫マツタケとの出会いがなければ、今ごろ命がなくなっていたかもしれません。『姫マツタケの超免疫力』の本を 手にしたときが、運命の大きな分かれ目だったとつくづく思いますね。
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